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誰も言わないので勇気を出して俺が言おう「福島県人は原発事故人災の加害者だ」 ニュース記事に関連したブログ

2011/05/10 23:03

 

3.11の東日本大震災以後、Twitterではそのときどきの感想を述べてきましたが、あまりにも大きな出来事に語るべき言葉を失っていましたが、震災・原発事故から約二ヶ月、今の思いを書き連ねてみようと思います。

 

はじめに、今回の震災・津波で被害に遭われた方々、大切な家族や友人を亡くされた方々には、心からお見舞い、お悔やみと申し上げます。

 

私自身、過去に仕事で7年間仙台に住んでいたことがあります。30歳になる少し前に、今回津波で大きな被害を受けた仙台市若林区にあった当時の勤務先の仙台営業所に赴任し、東北6県・新潟・北海道をテリトリーにして営業のため走り回りました。それまで営業を担当していた名古屋を中心とした東海・北陸地区に比べて格段に弱い経済状況故か、とても売上に苦しんだので、今でもその時代のことは忘れられません。 仙台を離れてからもう15年以上経ち、当時の取引先の方々や、同じ営業所で働いていた同僚の方々との音信も途絶えていたため、安否を確認する術が無く、ただ無事を祈るしか出来ない状況ですが、震災被害に会われた方々が早期に生活再建をされるようエールを送りたいと思います。

 

 

地震・津波による被害は天災で、地震大国の日本に住む以上避けられない不運としか言いようがありません。一定の間隔で一定の確率で被害を被る、日本人として生まれ、日本で生き続ける限り、避けようの無い運命のようなものかと思います。しかしながら、今回、大きな問題を引き起こしている原発事故はあくまでも人災です。人類の優れた英知と正しい見識をもってすれば避けられたはずのリスクだと思います。

 

このことに関して、ずっとモヤモヤしていてスッキリしなかったことに関して、今日、自分なりの結論を書こうと思います。たぶん、多くの人が内心思っていて口に出すのが憚れるので、語られることの無かった結論です。このことを言うと、原発事故被害者に鞭を打つヒトデナシ扱いされそうですが、あえて、勇気を出して言おうと思います。

 

「福島県人は原発事故人災の加害者だ」

 

本日、事故を起こした福島第一原子力発電所、半径20キロ圏内の「警戒区域」にある福島県の9市町村で初めてとなる川内村の住民の方々の一時帰宅の報道がされていました。報道の論調は、あくまでもこれらの住民の方々は被害者で、同情されるべき存在です。事故を起こした原子力発電所を運営していた東京電力が加害者で、これらの住民の方々は被害者として語られています。

 

しかし、果たして、福島の人達は単に原発事故の被害者なのでしょうか?彼らが被害者として扱われている間は、他の原発を受け入れている地域の人達も原発被害者予備軍で同情されるべき存在です。本当にそうゆう一面的な評価だけで良いのでしょうか?

 

今回の原発事故の後、電力の受益者である東京周辺の人達は、原発を福島に押し付けて自分たちはリスクを回避した後ろめたさからか、福島の人達に対して同情的です。人間の心理作用に照らし合わせれば、これはごく自然な流れだと思います。日本の人口構成比や報道メディアの集積度から考えると世論の多くは東京周辺で形成されるといっても過言ではないので「福島の人=被害者」論は東京周辺の人達の隠れた加害者意識にの裏返しだと思います。

 

単に、経済的に余裕のある東京周辺の人達が、経済的弱者の福島の人達に(たとえ表面上でも)同情して、なんらかの支援をするという流れは、それはそれで、良いと思います(もともと、原発を福島に押し付けたのも、同じくそうゆう経済力の格差が背景ですから)。ただ、理由の如何は別として、原発を受け入れた地域の人達が、いざ問題が起こったときに被害者のポジションを取れるという状況がある限り、日本から原発は無くならないと思います。

 

正しい表現かどうか自信がありませんが、原発を受け入れた地域には、補助金・交付金・税金などで巨額の金が落ちます。直接的なものでなくとも、原発そのものに関わる雇用や、周囲の道路整備とか、原発が来ることによって、かなり地元は潤っていると思います。原発を受け入れた地域の人は直接的・間接的にそれらの受益者で原発利権のど真ん中にいるです。

 

私の仙台時代の短い経験からの印象ですが、原発のある福島・宮城では、他の東北、例えば、青森(当時まだ原発は無かった)・秋田・岩手・山形と比べて、人々には何かしら余裕があって切迫感のようなものは感じられませんでした。道路や街も比較的整備されていて美しい街並でした。逆に言うと、青森・秋田・岩手・山形の人達は、何かしら切迫感があって、街の風景も何かしら寂れた空気を漂わしていました。この印象が全て原発利権の成せる技だとは言いませんが、原発から落ちる金が多少でも地域を潤していたのは間違い無いと思います。

 

つまり原発を受け入れた地域は、原発を推進した政府や東京電力などの電力会社と一蓮托生です。福島県人はリスクが低いと考えられていたが実は危険な賭けに打って出て、その賭けに破れて大きな損失を生んでしまった、純然たる当事者だと私は思います。一面、被害者であることは間違いありませんが、同時に事故を起こした当事者であり、放射能の悪影響を広く拡散させた加害者です。

 

電気を使っている人も原発利権の受益者というような言い方をする人もいますが、それは少し違うと思います。現在の方式では電気を買うときに「俺は原発由来の電気は買わない」とか選べませんからね。東京周辺の人達の微かな後ろめたさの背景になっている「電気を使っている人も原発の受益者」という考えはある種植え付けられたもので、そのような考え方にとらわれる必要は無いと思います。むしろ危険な原発を自身の生活圏から遠ざけた東京都民などの見識は妥当だったと評価されて呵るべしだと思います。

 

福島の方達の中には「俺は原発に反対した」という人も勿論居られると思いますが、民主主義の世の中では、多数意見に従うか、それが嫌ならばその地を離れるしかありません。そうせずして、いざ事が起こったら「私は反対していた」と異論を唱えるのはフェアーではありません。

 

そうゆう観点からいくと、例えば私のように、地元に原発が無い地域に住んでいる、今回の事故を起こした原発から遠く離れたところに住んでいる者も、たとえ原発推進を唱えてなくとも、たとえ明示的に原発推進の為政者を選択してなくとも、過去の歴史的経緯の中で今の状況を生んでしまった責任は一蓮托生で背負うしか無いと思います。

 

原発を受け入れた地域の人達は、いざ事が起こったときは第二もしくは第三順位の加害者として非難される立場に立たされる。そうゆう共通認識だったとしたら、今までのような損得勘定で地元へ原発を受け入れることが出来ないと思います。また私のような原発から遠く離れた地域に住む日本国民も、いざ事が起これば事故復旧・周辺住民への補償などのコストを税金などで間接的に負担して痛い目に遭わないと「もう、ほんとに、原発止めとこう」とは思わないと思います。

 

私は当初は「事故の補償に税金を使ってくれるな!」と思っていましたが、考え方を変えました。なんだかんだ言って、責任の一端はあるので痛み分けはしようがないと、今は考えています。そして、そんな痛みを多少でも感じて、それでもなお「原発OKです!」と言えるかどうかを自分に問うてみるべきだと思います。逆に、福島県人=被害者、東電=加害者、自分には責任無いので税金使うな、そうそう事故なんて起こらないし原発OK、と言う人は責任逃れの卑怯者だと思います。

 

今回の件で色々見聞きして、フィンランドのオルキルオトに建設中の、原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場"オンカロ(隠された場所)"と呼ばれる施設のことについて知りました。固い岩盤を掘削し地下500メートルにまるで地下都市のような巨大な施設を作って高レベル放射性廃棄物が安全な状態になるまで、10万年間保管しようとしているそうです。何万年も後に現在と同じ言語が使われているとは限らないので、未来の人にどうやってその施設の危険性を知らせるかということを真面目に議論しているそうです。

 

二酸化炭素による地球温暖化に関しては、子孫に現代人のツケをまわすな、という論調に多くの人が賛同しているようですが、その人達は同じ目線で原発のもたらす長期的な影響について考えるべきです。二酸化炭素排出削減=>原発推進という論調は全く合理性を欠いています。

 

「福島県人は原発事故人災の加害者だ」という題名でこの記事を書き始めましたが、勿論、福島の人達を非難することが目的ではありません。逆に今回の報道で伝えられた「原発のお陰で出稼ぎに行かずに家族で暮らせるようになった」「原発が無くなったら仕事が無くなる」というような福島の人達の生の声を聞いて、原発受け入れを選択しなければならなかった状況には同情の念を禁じ得ません。

 

しかし、あえてこの題名を使い、いざ事故が起こったとき、また将来の子孫に悪影響を残す、そんな加害者になるつもりなのか、ということを自分自身も含めて問いかけたいと思います。

 

 

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追記:

2011.5.18 01:52 産経ニュースより引用
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110518/dst11051801530009-n1.htm

 

原子力や火力発電所などが立地している地域は、国から「電源立地地域対策交付金」など、さまざまな交付金を受けられる。

交付金は周辺自治体に直接交付されるものもあるが、広く県全体に渡るものもある。福島県によると、各種交付金の平成21年度の総額は計約145億円。

このうち、県に交付された「電力移出県等交付金」は計62億円で、県は約52億円を公共事業に投じた。残る10億円は県内の全自治体に分配した。県が昭和49~平成21年度までに受けた交付金の総額は、約2700億円になるという。

県には電力会社から「核燃料税」も入る。原子炉に挿入された核燃料の価格と重量に課税されるもので、15~18年度では計約103億円。多くが県内の道路や橋、河川などの整備費のほか、福島空港の管理費、県立病院などの運営費、警察費など、県民全体のサービス向上に充てられた。

だが、「原発が県にどんな恩恵をもたらしてきたかを知っている県民は少ない」(県幹部)というのが現実だ。

 

 

追記:

原子力損害賠償法について

電気事業連合会サイトより引用

http://www.fepc.or.jp/present/safety/saigai/songaibaishou/index.html

 

原子力発電、原子燃料製造、再処理など原子力施設の運転中に発生した事故により原子力損害を受けた被害者を救済するため、1961年に原子力損害賠償法(原賠法)が定められています。原子力損害賠償法では以下のことが定められています。

    原子力事業者に無過失・無限の賠償責任を課すとともに、その責任を原子力事業者とする。
    賠償責任の履行を迅速かつ確実にするため、原子力事業者に対して原子力損害賠償責任保険への加入等の損害賠償措置を講じることを義務付ける。(賠償措置額は原子炉の運転等の種類により異なりますが、通常の商業規模の原子炉の場合の賠償措置額は現在1200億円)
    賠償措置額を超える原子力損害が発生した場合に、国が原子力事業者に必要な援助を行うことを可能とすることにより被害者救済に遺漏がないよう措置する。

原子力災害は、天災や社会的動乱の場合を除いて、原子力事業者に損害賠償の責任があります。電力会社は「原子力損害賠償責任保険」を保険会社と結び、また、国と「原子力損害賠償補償契約」を結ぶことになっています。事業者の責任が免ぜられた損害や保険限度額を超えた場合は、国が被害者の保護のために必要な措置をとることになっており、事業者と国が一体となって原子力損害の填補を行うようになっています。

賠償措置額については、2009年(平成21年)の原賠法の改正により、現在1サイトあたり最高1200億円となり、適用期間が10年間(2019年末まで)に延長されました。
 

 

 

 

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良いドイツ人、悪いドイツ人

2010/11/28 05:07

 

(フランクフルト~大阪、アクステルダムでトランジット、スキポール空港への着陸準備で旋回中)

 

先日、出張でドイツ本社に行ってきた。前回行ったのは7~8年前だが、良くも悪くも会社自体は何も変わっていなかったが、低迷する経済状況のためかドイツの同僚たちの顔には微かに疲労の影が見て取れた。

 

ドイツ系企業の日本法人に勤めて10年、多くのドイツ人とかかわってきた。今は外資系企業で仕事をしているが、昔は輸入品を取り扱っていたとはいえ純粋な日本型企業に勤めていて、営業を10年以上経験し、数千人の人々(もちろん日本人)と仕事上でかかわってきた。そんな経験から相手が良い人か悪い人かをごく短時間に判断する能力が身に付いた。以前はこの能力は対日本人にしか有効ではなかったが、いろいろなドイツ人と接してきて最近は良いドイツ人と悪いドイツ人の区別がつくようになってきた。

 

「腹に一物」という言葉があるが、どうやら俺は相手が「腹に一物」を持っているかどうかで良い人か悪い人かを判断しているようだ。腹に一物がある、つまり何か企み(たくらみ)ごとを持っている人は悪い人。こうゆう判断基準が一般的かどうかは分らない。でも企て(くわだて)ていることが良いことなら隠す必要はないはずで、自分の企みを隠さなければならないのは、それが悪いことだから。そんな悪いことを考えるのは悪い人、と考えても問題ないだろう。

 

相手が腹に一物ありかどうかは、時間をかければ容易に判断が出来る。なぜなら相手はそのうちその企みを実行に移そうとするからだ。数年、数か月、数週間かかわっていれば悪い人はボロ出す。相手が悪い人だったと気がついたとき、無意識に俺はその相手の顔を脳みそにインプットしてきたのだろう。そして今、初対面の相手の顔を数分間見るだけで「腹に一物」ありかどうかが判るようになった。

 

それは言葉では説明しにくい直感のようなものだが、あえて説明すると「目が笑っているかどうかを見極める」と言えば分りやすいだろう。腹に一物がある人は自分の企てを悟られないかどうか内心ビクビクしているので、たとえ顔が笑っていたとしても目が笑っていない。注意深く観察すれば容易に判ると断言しておこう。

 

この人の表情というのには国境はないようで、人種や生まれ育った場所が違っても共通しているようだ。ドイツ人との付き合いは、せいぜい数十人程度だが、直感による評価と各人の数年の行い(善行・悪行)を当てはめてみた結果、俺の直感が信じるに足ることを最近は自信を持っている。

 

他人の不幸を顧みず私利私欲に走る人は、洋の東西を問わず存在する。権力欲に取りつかれ歴史に悪名を残した人も、洋の東西を問わず多く存在する。一番の罪は、そのことに本人が気が付いていないことだろう。すべての人が自分の利益や欲望より他人のそれを優先し、権力が私利私欲を実現する手段として利用されない世の中にならないものだろうか。

 

そうすれば俺自身も、私利私欲や権力欲の呪縛から解放されるのに。。。

 

 

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自己評価の罠

2010/09/12 13:23

 

本屋で見かけて、サブプライムローンの崩壊に端を発した、いまだ抜け出せない困難な経済状況を振り返ってみるのもいいかなと思い、今更ながらだが、著名な投資家ジョージ・ソロス氏の著書「ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ」を読み始めた。

 

ジョージ・ソロス氏がこの著書の主なテーマにしているのは「再帰性」という彼独自の理論である。彼が言う「再帰性」とは市場参加者が市場をどのよう に認識するかという「認知機能」と、参加者が行動を取ることによる「操作機能」が再帰的に相互に影響を及ぼしあう結果、市場では予測できないことが起こ る、ということである。つまり「認知機能」によるある市場認識に基づき市場参加者が「操作機能」を働かせて市場に対してある操作をすると、もともとの市場 認識に狂いが生じるということである。

 

なるほど、だから市場はいつも「行き過ぎる」のか!相場が上昇基調のときは本来の企業価値以上に買われ、下落基調のときはその企業価値を割り込んで売り込まれる。ソロス氏曰く、そうゆう状況を見つけて売り買いして儲けてきたと言う。

 

これを読みつつ俺が思い描いたのは、本命の投資ネタではなく、会社の中でよくありがちな光景、自己評価と会社側の人事評価のズレ。総じて会社側の社 員に対する評価はそれぞれの社員の自分自身に対する評価より低い。この現実と、ソロス氏の「再帰性」の理論から俺は「自己評価の罠」理論を導き出した。

 

多くの人は常にに心の中で理想の自分自身を思い描いている。そして自分自身を評価するときに、その理想の方向へバイアスをかけて評価している。つま り、いくらか理想に近い方向へ過剰に自分自身を評価するのものである。「俺って結構がんばってるじゃん!」とか「わたしって結構イケてるよね」とか、良い ように自分自身を評価している。

 

これは多分、人間が健全に生きるために備わっている本能のようなものだろう。逆に理想とかけ離れる方向に自己評価をすると、たぶん精神を病み、スト レスで体調を崩し、ろくな結果を招かないだろう。人間は自分自身を過大に優れた人間だと自己評価することにより、希望を持ち、過大に評価したその自分自身 に近づくために自然と努力をするようになる。

 

自分自身を過大に評価するとこは、自信と希望を持って生きるために必要な人間の精神活動だと思うが、社会活動、特に会社の中で生きていくときには時として、これが落とし穴になる。

 

社会の中で人は常に周りから期待をされている。「あの人ならこれをやり遂げてくれる」、「ある人ならきっといい結果をもたらしてくれる」。人が自分 自身に対して持つ希望と同じように、周囲も期待を持ってそれぞれの人を見ている。そして評価のときには、その期待に対しての到達度を見ることになる。概ね 期待度は常に高いため、到達度が100%を超えるサプライズはなかなか起こりにくい。そのため周囲の評価は常に若干なりとも期待はずれを含んだものとな る。

 

自己評価は高め、周囲からの評価は期待はずれ。多くの場合、自己評価と周囲から受ける評価には、このギャップが生まれる。周囲からの評価を直接的・ 間接的に聞かされた本人には多くの場合、失望がもたらされる。「周りが評価してくれない」。「会社の評価は不当だ」。多くの人が経験する、この矛盾が「自 己評価の罠」だ。

 

でもこの罠に嵌まり込んだとしても、決して悲観することはない。この矛盾を認識した貴方は、自分自身に自信を持ち希望を持って生きていて、そして周 りから大いに期待される、すばらしい人材だからだ。そしてきっと、このギャップを埋めるために、さらに研鑽を重ね能力を高めていくことが出来るだろう。周 りの期待も同時に高まるため、なかなかそのギャップから抜け出すことが出来ないが、そんなことを気にすることはない。貴方はまだまだ発展途上で多くの可能 性を秘めているのだから。

 

もし逆に、自己評価と周囲の評価が一致、もしくは自己評価を上回る評価を受けたときは要注意。それは、実力以上に買われた貴方の株価が、天井をつけて下落基調に転じる兆候かもしれない。

 

 

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>> ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ
>> ソロスは警告する 2009 恐慌へのカウントダウン
>> 新版 ソロスの錬金術

 

 

 

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おもひで - 初めての挫折

2010/05/25 21:21

 

 

ここは人生で初めて挫折をした場所。

 

俺は幼少のころピアノを習ってた。最初は大先生のお弟子さんが出稽古で自宅に来て教えてくれた。たぶん当時音大生だっただろう若いお弟子先生を相 手に赤のバイエルをそつなくこなした後に、当時このあたりにあった大先生の自宅兼教室に通うようになった。当時ピアノの先生はよっぽど儲かったのか、そも そもお金持ちだからピアノの先生になれたのかは分らないが、かなりの豪邸の、シックな内装の薄暗い照明の一室に初めて見るグランドピアノが2台並べられて いる光景は幼い心にはかなり威圧的に映った。

 

最初に試験さながら今まで習ったところを弾かされた。「全然駄目ね」みたいに言われてせっかくお弟子先生が合格チェックを付けてくれたページを大 幅にさかのぼって出直すことに。

 

その後も大先生は厳しかった。ことある度に「違うっ!」と手の甲に平手打ちが飛ぶ。弾いてる手の形が悪いと「こうよ、こうっ!」と少しヒステリッ クに指に技をかけられる。今の時代にあんな情け容赦の無いスパルタピアノ教室があったら生徒が集まらず成り立たないだろう。

 

1年ほど通った後に挫折した。俯いて鍵盤を見つめながら「友達とソフトボールがしたいから」というような辞める言い訳をしたように思う。確かに当 時小学校が終わると近所のグラウンドで毎日ソフトボールをしていた。もともと運動音痴な俺が何でソフトボールに熱中していたのか分らないが、週1回の大先 生の叱責を回避するためにはかなりの練習をしなければならず、練習をしたところで褒められる訳でもない報われない戦いよりもソフトボールの方がよっぽど面 白かったのだろう。

 

そもそも、なんで小学生の俺が大先生に直接辞めると言ったのかという経緯が分からないのだが、大人の世界で言えば会社の社長に直接辞表を提出する ような行為を子供に強いた状況は今思っても過酷だった。

もう40年ほど昔の記憶だが、今でも鮮明で忘れられない瞬間だ。辞める宣言をして大先生の自宅を出たときの空気が、あのグランドピアノがあった教 室に比べてやけに清々しかったのを覚えている。

 

辞めずに続けていたら宴会の余興程度には使えたかもしれない能力開発の機会を自ら放棄したことに少し後悔しているが、運動音痴を乗り越え体育会系 に転身できたのは、あのときの挫折のお陰かもしれない。人は生きていく中で常に選択を求められる。いずれの選択が正解かは誰にも分らない。その選択の結果 がその人の人生なのだから。

 

 

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生命保険の見直し

2010/05/23 17:33

 

前回の更新から10年経って生命保険の見直しの時期が来た。保険料の変わらない終身保険部分は良いとして、定期保険と特約の保険料がぐんと高くなっ て、そのまま更新するとトータルの保険料は概ね2倍になる。10年前の見直し時点でも分かっていたことだが、いざ2倍の保険料を払えと今迫られると、到底 そんな保険料は払えるはずもなく、見直しをしなければいけない。

 

10年前の予測では10年後には給料も格段に上がって2倍の保険料も平気で払えるはずだった。しかし、この10年の社会の変化は働くものには厳し く、その予測は見事に大外れだ。会社は株主のためにはせっせと配当を払い、その原資を確保するために給料切り下げやボーナスカットもいとわない。自分が勤 めている会社がまさかそんな血も涙もないものになるとは、20数年前に入社した当時は想像もしなかった。終身雇用・年功序列が崩壊した今、多かれ少なかれ 日本の会社はどこもそんな感じなのだろう。

 

旧来の日本の会社と従業員の関係は、村社会的な助け合いの精神に基づいて構築されてきた。会社は従業員やその家族の生活を支える社会的責任を担い、 従業員は寝食を忘れひたすら会社のために働いた。そのパワーがこんな小さな島国の日本を世界有数の経済大国にした原動力だった。しかし近年の行き過ぎたグ ローバリズムや資本主義のおかげで、日本の良き文化もすっかり痛んでしまい、もはや後戻りの出来ないところに来てしまったようだ。

 

生命保険会社も昔は相互会社でまさに助け合いの精神を背景にして運営されていたが、近年、株式会社化が進んでいる。資金調達のた めに株式会社化する、株式を公開する。経営が安定するのは良いが果たして保険契約者の利益が最優先されるのだろうか?ここにも株主至上主義が蔓延すれば、 最後の支えになるべき保険までもが庶民の味方ではなくなってしまう。2005年ごろに発覚した保険金不払いの問題はまさにその弊害なのではないだろうか。生命保険という存在が今後も本当に正しく機能する のかどうか心配になる。日本発の相互会社である第一生命が今年、株式会社に組織変更をして上場したのは、なにか象徴的な出来事に見える。

 

さて、保険の更新だが、今回の見直しは高額な保険料が払えないという消極的な理由が主ではあるが、県民共済に加入することにしようと考えている。県 民共済は割安な保険料でそこそこの保障が得られる。いざというときの保険の支払い早く、保険請求時にもめないとも言われている。県民共済は18歳から60 歳まで保険料が同じなので、その中でも高齢なほうに属する私にとっては、原理的に考えて保険料が割安ということになる。なにより助け合いの精神で運営され ているという空気が、掛け捨ての保険料も、どこかで誰かの役に立っていると思え、少しホッとさせてくれる。

 

今回の見直しにあたって、加入中の生命保険会社の担当者はもちろん、その他の生命保険会社2社の担当者と話をしたが、県民共済を考えているという話 しを聞いて有効な対抗策を提案できる担当者はいなかった。生命保険会社の外交担当者にとって、きっと県民共済は頭の痛いライバルなのだろう。

 

今まで20数年、四捨五入すると1000万円にも上るお金を払ってきた生命保険。幸い健康で生きているので、いまだ商品は何一つ受け取っていない。 はたして良い買い物だったのだろうか。。。

 

 

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生 命保険のカラクリ (文春新書)
生 命保険の「罠」 (講談社+α新書)
図 解入門ビジネス 最新生命保険の基本と仕組みがよーくわかる本 (How‐nual Business Guide Book)

 

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パワハラ上司という存在

2010/04/27 22:41

 

外資系だけでは無いが、企業では「パワハラ」という類のまるで津波のような災害に見舞われることがある。特に 外資系企業の場合はマネージャーになるような人間は好戦的な人種が多くパワープレーを主な武器にそのポジションをキープしている。そんな上司の下で働く、 まるで大自然の脅威にさらされ日々神経をすり減らす今日の人類のような社員たち。いったいどのようにして生き延びて行けば良いのだろう。その災害対策を考 えてみよう。

 

1) 防波堤を築く(パワハラ上司を拒絶する)

一見日常の平安が保たれるので有効な対策のように思われる。しかし無限に高い防波堤を築くことは出来 ず、パワーを蓄積した津波が防波堤を超える日がいつかは来る。

 

2) ご近所さんに助けを求める(周りの同僚に救いを求める)

日頃のご近所付き合いがものを言う。しかし誰もが自分が一番可愛いためイザというときに頼りにならな いことも多い。

 

3) 迫りくる津波に果敢に立ち向かう(パワハラに一歩も引かず議論を挑む)

心意気は称賛に値するが、ほとんどのケースでは津波に飲み込まれ自主退社に追い込まれるなど最悪の事 態を招くこともある。命あっての物種という言葉を胸に無謀な戦いは控えた方が無難。

 

4) 公共の支援に頼る(労働基準局や役所の相談窓口に相談する)

本来期待できるはずの社会的支援だが多くのケースでは後手後手に回り被害者の救済は遅れがち。また裁 判などで津波に挑む行為を世では「事を荒立てる」と呼び忌み嫌われ、例え勝ったとしても居ずらくなってしまい後味が極めて悪い。

 

5) 高台へ避難する(パワハラ上司のそのまた上司に救いを求める)

かなり確実な避難方法だが、パワハラをするようなヤツを野放しにしているその上司は得てして使えない ヤツが多い。

 

6) 逆に津波パワーを利用することを考える(パワハラ上司についてく)

津波でサーフィンをするなどそのパワーはうまく使うことに全精力を傾ける。しかしそのためにはイエ ス・マンに徹するなど多くの精神的苦痛を伴う。またうまく波を選び、先行きを見て乗り換えるなど機敏な行動が要求される。常に津波パワーに頼るため自らの 力が付かず、ストレスなどで精神的に鬱屈し、周りからは疎まれる人間になることが多い。

 

7) 災害の無い地域に引っ越す(転職する)

対策としていつも期待値は高い。しかし津波を避けて高地へ引っ越したら実は休火山が近くにあることを ご近所さんから聞かされるなど、結局どこにでも災害が発生する可能性があるということに気付くことになる。

 

8) 予め高台や、低地でも上層階に居住する(自らのポジショニングを高めパワハラ防御力をつける)

積極的かつ有効な手段である。しかし津波が目前に迫ってからでは間に合わないので、予め時間をかけて 高台・上層階へ移動する努力をしなければならない。能力・知識・実績などパワハラ上司でさえ一目置かなければならない人材を目指すという、崇高なチャレン ジであり、例えうまくいかなくてもやりきった感があれば清々しい気持ちになれる。うまくいけばパワハラ上司の上に立てる可能性もあり、人生をポジティブに 生きる唯一の方法と思われる。

 

 

さあ、貴方ならどう戦いますか?

 

 

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トヨタ、ナイスジョッブ!

2009/10/29 22:19

 

トヨタが韓国に本格進出。

 

トヨタ自動車が今月20日から韓国市場でトヨタブランドの大衆車4モデルの販売を始めた。トヨタはこれまで高級車のレクサスブランドのみを韓国内で販売してきたが、大衆車を販売するのは初めて。韓国輸入車市場でのシェアトップを目指しているが、とくに人気の「カムリ」には注文が殺到し、納車は来春になるという。

 

トヨタ、いいじゃないですか!高級車のレクサスを先に上陸させて、ブランドイメージを高めた上で、トヨタブランドを上陸させる戦略。いいじゃ、ないですか!デフレのこの世の中で、この余裕のある戦略はさすが懐の深い大御所の強みですな。

 

米国では日本車叩きが始まってますが、世界の成長の中心であるアジアの覇権を

握れるなら、トヨタに未来に明るみを感じます。頑張れ、ニッポン!!!

 

 

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「識者は厳しい意見を放った」???識者てーっ、何様よー?!

2009/10/27 08:45

 

離婚して、介護と福祉の勉強をする。酒井法子被告(38)が初公判で語った決意に識者は厳しい意見を放った。テレビプロデューサーでタレントのテリー伊藤(59)は「自然で淀みない話し方は、役者としては満点」と皮肉り、「離婚は周囲の人の意見を聞いたのでは」と推察。漫画家のやくみつる氏(50)は「なりふり構わず、ヌードでも何でもやればいい」と開き直り策をススめた。

 

て、ことですが、本当の識者なら、なんとか再起の道を模索している人に、「なりふり構わず、ヌードでも何でもやればいい」とかいう下品なことは言わんでしょーっ!ほんま、こいつらアホとしか言いようがない。

 

ちゃんとした弁護士が付いているなら裁判の答弁の予行演習をするのは当たり前で、「自然で淀みない話し方」をしたなら、真面目に予行演習をして裁判に向き合っているようで、良いじゃないですか。少なくとも、「そうっすねー」とか言ってるより100倍まともやと思いますけどね。

 

まさかのりピーが低賃金・重労働な介護の現場で働くとは思えんけど、もしそうなら将来は是非介護して欲しいで!(笑)

 

 

 

酒井法子 孤独なうさぎ

酒井法子隠された素顔

碧いうさぎの涙 酒井法子のタブー

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NYダウ、崩れ落ち、既定路線です  

2009/10/27 04:27

 

本日、予定通りNYダウが崩れ落ちてます。2営業日前に最後のあがきで大きく反発したときはレバレッジ20倍の全力売りをかけてたもんですから、大きく赤字に振られてかなりドキドキしましたが、お陰さまで本日は無事に利益確定。まだ下はあると思いますが、「頭と尻尾は猫にくれてやれ」との格言に習い、これ以上は欲張りません。(微笑)

 

 

 

 

 

あと2~3日、5日線が5週線にタッチするのを待って、今度は買いに入ろうと考えています。NYダウ、次は10,500ドルにチャレンジでしょう。失業率が上げ止まりで実体経済はこれ以上買いあがるほど良くはないと思いますが、経済対策で世界中にばらまかれたマネーは、企業の設備投資や労働者の懐には向かわず、さらなるマネーを求めて株・金・原油などを循環的に巡っていく。

 

本日はここまでのところで、金も1,060ドル手前から1,040ドル割れまで大崩れ、原油も82ドル超えから80ドルを大きく割り込み79ドルすら割り込みそうなところまで下落。買い方のみなさんが一気に利益確定に走っている感じです。上がり続けるなんとかは無い、て感じです。

 

でも、心配は無用。一旦、引き上げた資金をそのまま置いておくことは出来ません。ころ合いを見計らって再び一気に資金が買いに入って今度は既定路線の一段高です。

 

中長期的にNYダウは10,000ドル前後から12,000ドル手前のボックス圏を形成するというシナリオを現在は想定しています。ですから一旦調整して再び上昇基調で、こんどは10,500ドル超えて10,700ドルあたりにチャレンジする予定です。

 

まずは本日はNYダウ、予定通り大崩で、ごちそうさまでした!(笑)

ちなみに本日の下落の理由づけは、こんなところでしょうか。

 

 

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米金融機関の貸倒償却率、大恐慌時の水準上回る=ムーディーズ

 [ニューヨーク 26日 ロイター] 米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは26日、信用危機の影響が続くなか、主要国内金融機関の貸倒償却率は、大恐慌当初に見られた水準を上回っていると指摘した。 ムーディーズの報告によると、年初来の貸倒償却総額は1160億ドルと、年率ベースで貸付残高の2.9%に達した。大恐慌の3年目に当たる1932年は約2.25%だった。  第3・四半期の償却は450億ドルと、第2・四半期の400億ドル、第1・四半期の310億ドルから増加。 第3・四半期の償却率は年率ベースで貸付残高の約3.4%と、1934年に記録した大恐慌時のピーク水準に並んだ。 貸倒償却総額は、ムーディーズが格付けを付与する資産500億ドル超の銀行が対象。対象機関は国内銀行システムの総額の85%を有している。

 

 

 

「相場に勝つ」株の格言 (日経ビジネス人文庫)

株で儲ける相場格言集

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有名人の裁判は生中継でお願いします!(笑)

2009/10/26 12:38

 

酒井法子被告初公判、傍聴希望6615人、倍率約330倍で過去最高

 

朝方は雨と低い気温で出足が悪かったみたいですが、結局、酒井法子被告初公判の傍聴希望6615人、倍率約330倍で過去最高を記録して面目を保った感じ?!(苦笑)

 

きっと今夜のニュースでは過去の有名人の裁判の傍聴希望者数や傍聴券獲得の倍率などを比較してネタにするのでしょうね。しかし、日本のマスコミも底が浅いというか、腰が軽いというか、まったく苦笑するしかありません。

 

いっそのこと、裁判もショーと考えてアメリカみたいに生中継とかしたらいかがなものでしょう。有名人とは言え、その懐事情はいろいろで、弁護士費用や保釈金、裁判が結審して復帰するまでの生活費とか必要でしょうし、裁判生中継で出演料支払ってあげれば被告人もよし、視聴率稼げてテレビ局もよし、そしてファンのみなさんも生裁判を見れてよしの、WinWinWin、三方よしで、まるで近江商人の教えのようです。(笑) 放送権は入札で一社独占で。ゴールデンタイムに録画を放送すれば他局の看板番組を確実に潰せるでしょう。

 

似顔絵を見せられてアナウンサーが発言を再現するのも見飽きました。是非、生中継、お願いします!!!

 

 

 

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